Newish One Day

毎日が新しい日。この気付きが人生を快適に過ごす秘訣だけれど、なかなかどうして辿り着けない。

人と比べることは終わらない

 

人間は比べたがる。存在を認識する術として。

元々人間は誰かと比べたがるものだ。
小さな人間関係が出来れば、あいつはこう、こいつはこうと。
その比較によって、自身を保つことが出来るし、誰かの比較の中で自分自身を見つける。

世界は良くも悪くも繋がった

今では、その小さな人間関係が不安定であれ、ネットに接続すれば、色々な意見が転がっていて自分と同じような考えを持つ人もいて安心してしまう。
どんなに自分がダメなように思えても、その意見に寄り添っていれば、何とか自分を保っていられる。
世界がつながることにより自信を得る機会を得た。
しかし、当然その反対もある。
自分の考えを強く非難する考え方に遭遇する機会も増えた。
自信を失う機会も増えてしまった。
知るということは良い時も悪い時もある。

争わないということは進化を諦めること

争いは進化の過程である。
これが良い、あれが良い、こうして争うから未来が生まれる。
確実に進化を続けている。
しかし、誰もその進化の行き着く先は知らない。
不安はある。
それでもより良くなると信じるもの達が争いを続けている。
時間を費やしてでも必要な争いがある。
比べることは争いの種となる。

比べることで脱落することはない

比べた上で勝手に降りる判断を下すことは賢明とは言えない。
どこかで劣っていたとしても、必ず自身にしか出来ないことがある。
自身にしか生み出せない考えはある。
側にいる誰かを救う甲斐性位は自身にあると思っていい。
自身の価値を比較することで過小評価すること程、意味のないことはない。

今日も明日も明後日も、今の所は永遠に続く

そして、人間は今日も明日も、誰かと比べ続けることになる。
AIの台頭があったとしても、人間の制御が効く間は、恐らくAI自体はより人間らしくなろうとするのではないだろうか。
共存自体が拒まれなければ、その人間らしいAIも含めて、比較の対象となり得るである。

最後死ぬ時には、比べていた相手に感謝の気持ちを抱いているのではないだろうか。