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Newish One Day

毎日が新しい日。この気付きが人生を快適に過ごす秘訣だけれど、なかなかどうして辿り着けない。

言語の選択制度 そもそも何故英語が必須なのか。

 

中学生から学ぶ英語

I like tennis.

鮮明に覚えています。
一番最初に習った英文法でした。
英語というと未だに苦手意識が強い人が多く、日本人は英語の読み書きは出来ても、話すことは出来ないと言われることがあります。

何故、英語が必須なのか。

世界共通語としての英語だから。
英語の市場が大きいから。
アメリカからの圧力。

考えられる要素は多くありますが、ネット上を探してみるものの納得いくような答えはあまり見つかりません。

言語の選択制

知人のアメリカ人と、日本人は英語が話せないという会話をしていたのですが、意外にもそんなことはないという答え。
(ちなみに、英語で話したわけではなく、日本語が話せるアメリカ人の方と会話しています。)

簡単な英会話でも通じるし、それでも問題ないのではないかと話していたのですが、よくよく考えると、日本語が話せるアメリカ人です。
その方の周りには全く英語が出来ない人がいなかったのではないかと思います。

 

ふと会話の中で、その方は「言語を選択制にする」のはどうなのかとさりげなく話をしていました。
大学等ではあることだと思いますが、義務教育の段階から始めるということは全く頭にありませんでした。
それ位、英語が必須であるということが、疑問を感じる余地がない程に当たり前なものとなっています。

言語の選択制の問題点

自身で選択させることで、より有意義な教育を受けることが出来るのではないかという言語の選択。
しかし、言語を教える人がいないのではないかという、そもそもの問題に直面します。
英語の市場であったり、色々な問題に絡むことではありますが、このような返答のみで察してくれたアメリカ人の方には感謝しています。

小学校での英語教育でより強まる親米感情

既に小学校で英語教育は始まっていますが、2020年から小学3年生で英語は必修となるようです。必修化ということで2018年頃から小学校は動き始めるということです。2020年には同じくプログラミング教育も始まる為、同年は大きく教育が変わる年となりそうです。
この教育により親米感情にどのような影響が出るか。
音楽にせよ、プログラムにせよ、常に先をいく大国アメリカ。
教育云々というより、あまりにどこにでも浸透しすぎてる英語、アメリカという国家。

選択する権利でより自由な考えを

選択の機会を与えない教育は正しいのかどうか、教育に関する話を始めると終わりが見えません。
しかし、言語の選択次第で、国に対する親近感も異なってくるわけで、世界に対する考え方も変わることから言語選択制は、是非とも検討していただきたいものだと思います。
その内、経済状況に応じて、中国語やインドのヒンディー語は導入されそうな気はします。
決してアメリカを非難するわけではなく、むしろその圧倒的な国の力に感動すら覚えますが、より広い世界を見る権利は、そして選択する権利は誰にでもあると思います。