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Newish One Day

毎日が新しい日。この気付きが人生を快適に過ごす秘訣だけれど、なかなかどうして辿り着けない。

嫌な人との接し方 嫌われてくれてありがとう

 

ちょっと合わない人

職場や友人関係等、日常生活を行う上で避けられない集団。
集団は、色々な人が集まります。
職場なら、給与を貰う為に働く、友人なら楽しむ為に集まる等々、同じ目的があるわけですが、その目的以外は皆考え方は異なります。当然、行動も異なります。
そうなってくると、当然ちょっと合わない人が出てきます。
例えば、話すことと言えば、悪口や不平不満ばかり、このような人は集団の中に1人位いるのではないでしょうか。
むしろ、このようにとにかく愚痴をこぼす人たちからすると、言わない人達は、何で皆は言わないのか、良い子ぶるなよなど、合わないと思われているかもしれません。

集団によって立ち位置が変わる

しかし、よくよく考えてみると、属する集団によって自分の顔が変わることはありませんか。
例えば、職場では人の悪口は言わないが、友人同士で集まると上司の悪口ばかり言っている等。
そのように考えてみると、会社で愚痴をこぼす人も、友人同士だと聞き役に徹しているのかもしれないなんて、前向きに考えることが出来るのではないでしょうか。

誰もが嫌な人になる可能性がある

自身にもあてはまることですが、誰もが嫌われる可能性があります。
例えば、誰にでも優しい人。
嫌われない気がするかもしれません。
もし、このような人が嫌われると思われた方は、実際にこうした人を嫌いになったり、自身が誰にでも優しくしようと心掛けているのかもしれません。
誰にでも優しい人は、同じように優しい人から嫌われる可能性があります。
人間には嫉妬という感情があります。
また、相手を疑う気持ちもあります。
この人の優しさには嘘があるのではないか。
このように感じる人は、誰にでも優しい人でも嫌いになる可能性があります。
人はいくらでもひねくれた考え方を持てるものですし、持った方が世の中面白いものです。

私の代わりに嫌われてくれてありがとう

嫌われ役なんて言葉があります。
この言葉の通り、中には敢えてこの嫌われ役をやる人もいます。
そう、嫌われる人がいるから、その他の人達が円滑なコミュニケーションを取ることが出来ている場合があります。
共通の嫌いな人がいるおかげで、他の人同士で嫌いになることがない。
こう考えてみると、嫌われている人は、自身の嫌な部分を隠してくれるという隠れ蓑としての存在でもあるのではないでしょうか。
このように考えられると、嫌な人にも感謝の気持ちが出てくるものです

それでも無理に嫌な人に合わせる必要はない

嫌な人への考え方として、いくつか列挙しましたが、だからと言って接し方を特別変えようとする必要はないと思います。
上司である等、利害が絡む可能性があるなら、なかなかそういうわけにもいかないと思いますが、基本的には、嫌な人にはあまり関心を抱く必要もないし、こちらからわざわざ寄っていく必要もありません。
無理しない人間関係作りでより快適な生活を過ごしましょう。